浅春

浅春



夕べの肴はたしか
鯛の塩焼きであったと思ふ
総天然色の汁物に春菊が付いていた
蛸と胡瓜の酢漬けに舌鼓をうち
なんと明朗な喩えであろうなどと
ただ云々と感服していたのを覚えている
私的器官に垂直な物言いのけだるい
板の間稼ぎのやうなことをなさるのですね
あるいは化粧の剥げた女人でせうか
そのやうに人に云われても詮無いゆえ
手前はただの米であるから研いでくれなどと
人に愚痴をばかり並べるのである

プレイボーイプレイボール終回

プレイボールプレイボーイ終回



 切なくなるほど意固地になるのが、青年の正しい青春である。小さな町の真冬の海に打ち上げられたガラクタを僕は脚で遠くへ蹴った。着慣れたパーカーの帽子の部分の顔半分だけ、君のことを考える。白い溜息がビーズ状に連なって、螺旋を描いて消えてゆく。この夜空に輝く星座にまつわる膨大な逸話の中に、僕らはきっといないのだろうけれど。兎にも角にも最終回なのだから、それなりのこころの整理が若者には必要なのだ。慣れないことをするもんじゃないな、と半ば自虐的に笑いながら、僕は左耳にイヤホンを通して、目をつむりながら右耳にイヤホンを通す。中古で買ったウォークマン、バス停で買った温い缶コーヒー、プレイリストは古いシューゲイザーのナンバー、ほちけたマフラーを口元に、完璧だ。



閑話休題<三月某日三年B組教室>



 僕「二人きりだな」

詠美「なに?今から襲われる展開なの?」

 僕「言い方間違えたわ、卒業おめでとさん」

詠美「冗談よ、卒業おめでとう」

 僕「お前さ、佑二と別れたって本当なのか?」

詠美「......いきなりだなぁ」

 僕「すまん」

詠美「あはは、らしくていいんじゃないかな
   てゆーか、フラれちゃった」

 僕「なんか、すまん」

詠美「わたしがみじめになるからやめよっか」

 僕「そんなことないぞ?」

詠美「なに?慰めてくれるわけ?」

 僕「そりゃまあ、ダチだし」

詠美「そっか、ありがと」

 僕「おう」

<沈黙>

 僕「大学に行くのやめたって話したっけ?」

詠美「佑二から聞いたけどガチなんだ」

 僕「父さんのツテで四月から働くことになったわ」

詠美「もう社会人かぁ、おとなだね」

 僕「モラったトリアムも今日でおしまいさね」

詠美「わたしも就職組だし一緒だね」

 僕「おまえの学力ならいいとこ狙えただろうに」

詠美「あんまり興味ないかな、そういうの」

 僕「そうだろうな」

詠美「なによ、そのわかったような口調」

 僕「なら佑二と同じ大学行けばよかったじゃねーかよ」

詠美「重い女って好き?」

 僕「勘弁」

詠美「はいはい、この話はおしま~い」

 僕「んと、退屈しねーな」

詠美「わたしもけっこう楽しいよ、眞一と居るの」

眞一「そういやそんな名前だったな、俺」

詠美「なにをいまさら」

眞一「いやな、まあ......それはいいか」

詠美「なによそれ」

眞一「ボールの縫い目にこうやって手を添えるだろ?」

詠美「うん、眞一って指長いよね」

眞一「んで、思いっきり腕を振り抜くんよ」

詠美「ほうほう」

眞一「三塁にランナーが居るときはパスボールに気をつけろよ」

詠美「誰に向けて言ってるの?」

眞一「第三者だよ」

<沈黙>

詠美「不意打は卑怯だなぁ......」

眞一「なにが?」

詠美「その勝ち誇った顔やめてくれる?」

眞一「お互いにフリーなんだから、いいじゃん」

詠美「よくない」

眞一「妹なら発狂して喜ぶはずなんだが」

詠美「わたしはあなたの妹さんじゃないんだから」

眞一「ごめんなさい」

詠美「眞一ってさ、あやまってばっかりよね」

眞一「そんなことはないぞ」

詠美「そうよ」

眞一「んで、返事聞いていい?」

詠美「なんの?」

眞一「それ言わせるのかよ」

詠美「あはは、冗談」

眞一「これでも勇気振り絞ったんだけどなあ」

詠美「友達以上からでどうでしょう」

眞一「テーブルにつけただけ喜んでいいのかねえ?」

詠美「ほいほい付き合ってたらビッチさんみたいじゃない」

眞一「さんをつけても品は上がらないからな、一応」

詠美「そんな上品な女じゃないけれど」

眞一「作ってるの疲れね?」

詠美「慣れたけど今日はやめようかな」

眞一「そうしてくれると助かるわ」

詠美「第二ボタンとネクタイよこせ」

眞一「昭和か」

プレイボーイプレイボール8

プレイボーイプレイボール8



 ファースト側のプレートを踏むと、そこは雪国であった。この稚拙なショートショートにもそろそろ結末やらオチが欲しい場面である。寒風吹き荒れる十二月の市民球場、話は飛んで、九回裏ツーアウト、走者満塁、相手は4番、並行カウント、このシーンでおそらくこの物語の主人公である僕が投げるべき球種は、そんなものは決まっている。キャッチャーミットの下部から出す後輩のサインに数回ほど首を振り、僕は意味ありげに縦に首を一度振る。勝敗が必ずしも結末に直結しないよう、ミキサーのように感情を安っぽくこね回して、理屈をアプリケして、それはそれは丁寧に投げ込んできたのだから。わずか六十フィートほどの心地よい距離感と醒めた感情の先、僕の中にある不確かな物、ぐちゃぐちゃな感情を、腕を思い切り振り抜いて、後輩の構えたミットまで届ける。これでエンドゲーム。


閑話休題<エンドゲーム>
 

 後輩「アウトロー要求しましたよね、俺」

  僕「うん」

 後輩「あんだけインコースに布石打ったのに」

  僕「女房役っていろいろ大変だよな」

 後輩「先輩の場合はコントロールいいんでましっすけど」

  僕「ど真ん中放り込まれたな」

 後輩「ど真ん中放り込まれましたね」

  僕「ありゃ、マイアミまで飛んでったかな」

 後輩「相変わらず佑二さん飛ばしますね」

  僕「中学時代からあいつはエースで4番だからな」

 後輩「最後の抜け球みたいなのあれナックルカーブでした?」

  僕「思ったより落ちなくてど真ん中だったけどな」

 後輩「コースがよかったらワンチャンあったかもですね」

  僕「朝練までしてるガチなやつらに勝てるなんて思ってねーよ」

 後輩「形になればいいんっすよ、ナイピーっした」

  僕「後輩くんはさ、ホットはお汁粉派かコンポタ派どっち?」

 後輩「どっちかっていうとココア派っすね」

  僕「缶の底にコーンが残るのがイライラするんだよな」

 後輩「全部コーン食べようとするからっすよ」

  僕「ほれ、まあ飲め飲め(カコッ)」

 後輩「オッサンみたいな言い方やめてくださいよ」

  僕「二次会はねえから安心しろって」

 後輩「じゃあ遠慮なく、あと3年間おつかれっした」

  僕「卒業はまだだけどね?受験もあるしね?」

 後輩「野球は負けましたけど、受験では勝ってくださいね」

  僕「お前はさ、夢とかあんの?将来どうしたいとか」

 後輩「卒業したら自分は働きますよ」

  僕「えっ?即答?」

 後輩「もちろん夢はありますよ、漫画家っすけど」

  僕「ずっとネーム書いてたもんな」

 後輩「売れなくてもいいんすよ、自分の場合」

  僕「でもそりゃ、売れるにこしたことねーだろ」

 後輩「売れたら辛いだけっすよこの業界」

  僕「......まあ、なんとなくわかる」

 後輩「好き勝手して食ってけるのは一握りですしね」

  僕「俺もなにか見つけないとな」

 後輩「自分は先輩が羨ましいっすけどね」

  僕「どのへんが?」

 後輩「自分じゃどう望んでも絶対に手に入らないっすから」

  僕「どういう意味だ?そりゃ」

 後輩「帰りバッティングセンター寄って帰りましょうよ」

  僕「別にいいけどよ」

 後輩「左打ちの助っ人外国人ってロマンありますよね」

  僕「急にどうした?バースとか?」

 後輩「かっ飛ばせ先輩~♪ライトへ~レフトへ~ホームラン~♪」

  僕「俺は掛布が好きなんだよ」

 後輩「先輩、今度は逃げちゃだめですよ」

  僕「......おう、わかってる」

 後輩「打席に立てないやつの愚痴っす、お気になさらずに」

  僕「めっちゃ気にするわい」

 後輩「芯に当たったら気持ちいいっすよね打球音って」

  僕「さっき凄いの貰ってお腹一杯だけどな」

 後輩「とにかくバットに当たればいいんすよ、人生なんて」

  僕「内野ゴロでもか?」

 後輩「見逃しよりかずっとましでしょ」

  僕「そういや見逃してきたような気がせんでもない」

 後輩「悔いのない一振りで行きましょうよ」

  僕「ああ、そうだな、違いねえわ」

 後輩「んじゃ、行きましょうか」

  僕「おう、ありがとうな今日もいろいろ」

 後輩「これでもだらしな~い先輩の女房役っすから」

  僕「ほんとかわい~い後輩だよ、お前は」

 後輩「真の意味でエンドゲームにはまだ早いっすよ~」

  僕「まだ9回があるな」

 後輩「どうせろくにプロット考えてなかったんでしょ」

  僕「はい」

 後輩「最後くらいしっかり決めてくださいよ」

  僕「こういうの苦手なんだよ」

プレイボーイプレイボール7

プレイボールプレイボーイ7



 7回にも入ってくると季節は当然のように秋を迎える。地方に住む普通の男子高校生なら気の利いたポエムの一つでも書いて、自分の青春を締めくくり、銀紙のような白い息と共に、青春を卒業するところだろう。それは小さな公園にあるモニュメントであり、かつて遊具であったもの。塗料はすっかり剥げ落ち、みずたま状に褪せた赤色がポツポツと広がっている。彼女は木枯らしの強く吹く中、その巨大なモニュメントの上に物憂げな表情を浮かべながらポツリと座っていた。僕たちはいつだってそこに居て、いつだって居ないのだ。いつだって。


閑話休題<立体物>


  僕「よお、寒くねえか?」

 九塁「......」

  僕「缶コーヒー飲む?買ってきたけど」

 九塁「ああ!負けじゃ!無能監督!働けクソ打線!」

  僕「あ~、片耳ラジオで野球中継っすか」

 九塁「あの場面でゲッツーってバカなんけワレ」

  僕「とりあえず飲んで落ち着け、んっ」

 九塁「すまぬ、取り乱した」

  僕「弱いチーム応援してて楽しい?」

 九塁「楽しいわ、たまに勝つとスカッとするじゃろ?」

  僕「神様稼業もストレス社会なんすね」

 九塁「別に稼業ではないがの」

  僕「目標とかノルマってないの?」

 九塁「あると言えば信じてくれるのけ?ワレは」

  僕「なんでお前らって存在してんの?」

 九塁「野球に四球と死球があるのに疑問あるのけ?」

  僕「わかりにくいなお前の喩えは」

 九塁「ラブコメ漫画に当て馬がいるのに疑問あるのけ?」

  僕「それ逆転勝ちしたら気持ちいいやつ」

 九塁「お前が必要だと思っているから儂はおるのよ」

  僕「......そうかもしれないな、うん」

 九塁「で、どうするんじゃお前」

  僕「どうもこうも受験も練習も頑張ってるけど」

 九塁「マークシートにはあっても野球にはのう」

  僕「たらればはないけど正解もない」

 九塁「それでも投げるのけ?」

  僕「んなもん、投げなきゃわかんねーだろ結果なんて」

 九塁「その割には保険をかけたのお前は」

  僕「負けたらお前とここで生きていくしかねーな」

 九塁「存在が認識されなくなった場合の仮定までしたけ?」

  僕「そりゃ、まあな」

 九塁「静止した時の中をさまよう業じゃぞ」

  僕「マウンド降りようかな」

 九塁「そもそもお前はあやつを好いとるのか?」

  僕「......まあ、たぶん」

 九塁「ならばさっさと告白してしまえ」

  僕「わかんねえんだよ」

 九塁「なにがえ?」

  僕「そういうのに慣れてないっつーか」

 九塁「阿保け?」

  僕「んだよ、わりーか」

 九塁「お前は紛い物と本物どっちが嬉しい?」

  僕「そりゃ、本物だろ」

 九塁「なら素直に全力で投げたらええ」

  僕「俺の気持ちがもし紛い物だったらどうする」

 九塁「違うと感じたらこっぴどく振れ」

  僕「容赦ねえな」

 九塁「覚悟がないなら賭けに乗らんことじゃわ」

  僕「ほおっておいたら壊れるからな」

 九塁「モヤっとしとるから相談にきたんじゃないのけ?」

  僕「まあ、そうだけど」

 九塁「元より壊れない関係なんてありゃせんわ」

  僕「どうしてうまくいかねえもんだ」

 九塁「別にアレも本気で言ったわけじゃあるまいよ」

  僕「あいつの空波形ノイズだろうからな」

 九塁「どうしようもなくなった時にお前ならどうする?」

  僕「考えて、相談して、ちゃんと手順を踏んで」

 九塁「それから?」

  僕「そうだな、足掻く」

 九塁「人間は愚かな生き物じゃからな」

  僕「神通力みたいなの授けるイベントはなし?」

 九塁「おろか者」

  僕「じょーだんだよ」

 九塁「この町はいつまでもお前にやさしい」

  僕「わーってるよ」

 九塁「その気の抜けた炭酸みたいな口調」

  僕「バーカ、こいつはなぁ」

 九塁「なんじゃ?」

  僕「チェンジアップってゆう魔球なんだよ」

プレイボーイプレイボール6.5

プレイボーイプレイボール6.5



 僕は僕たちという括りがなんとも茫洋としていて苦手だ。もっと正しく言えば、僕はそれらをガソリンにして走る車に乗っていないから。慎ましく生きて、人の顔色を適度に伺って、それなりの努力をして、ようやく確からしいなにかにすがって日々を生きている。そんな幽霊のような輩がもしいるのなら、ゴーストバスターズに退治して欲しいと切に願う。そんな大それた事をできるのは狂人か、はたまた偉人なのだから。せいぜい半径数メートルの人を愛し、喜び、悲しむ、それが僕にできる唯一で、それ以上を望むなんぞは烏滸がましいことである。僕はあなたを助けることはないし、誰からも助けられない。今の僕に走る理由、それらを与えてくれる物を無条件で愛すだけなのだから。


閑話休題<洋室>


 伊織「お父さん寝たけど、話って?」

  僕「こないださ、バス停で母さんに会ったんだ」

 伊織「そっか」

  僕「驚かないよな、お前って」

 伊織「そりゃまぁ、たまにお茶するし(ピコピコ)」

  僕「他人から見たらそれエア茶会だろ」

 伊織「トトールのお兄さんにもたぶん、視えてるし」

  僕「この町の人ってあれだよな、ほんとに、もうあれだよ」

 伊織「あたしもう存在してなかったりして」

  僕「安心しろ。中学を卒業して、結婚して、子だくさんだから」

 伊織「なにそれ」

  僕「俺さ、もうすぐこの町を出るじゃん?」

 伊織「受かれば東京の大学だっけ?」

  僕「俺が居なくなったら寂しいか?」

 伊織「ご飯作るのがあたしになるだけ、怠い」

  僕「家族ってさ、脆いよな」

 伊織「他人ってわけじゃないけど、案外そうかもね」

  僕「どうして大人になっちまうんだろうな」

 伊織「普通じゃん?てかガキのままのがキモいから」

  僕「大人のほうがよっぽどガキだよ」

 伊織「なにそれ、大人になったつもりですか~?」

  僕「幻滅したくないだけだよ」

 伊織「それこそ人それぞれでしょ、お父さん立派だし」

  僕「そうだな、少なくともこの町ではな」

 伊織「兄貴はさ、トラブル抱えてぴえんなわけじゃん?」

  僕「それはまあ、認めるけど」

 伊織「詠美さんと佑二くんと、それとあとひとり?」

  僕「......おう、そうだ」

 伊織「それであの陰キャと来る日も練習していると」

  僕「後輩のことをそう言うのはやめなさい」

 伊織「でもさ、勉強そっちのけじゃん」

  僕「片手落ちにならんよう、やってるつもりだがな」

 伊織「ま、どーでもいいけど」

  僕「とか言いつつお前、気にしてるよな」

 伊織「そりゃまあ、家族だし、一応は」

  僕「家族とかファミリーって便利な言葉だよな」

 伊織「友達もそうじゃない?」

  僕「家族は選べないけど、付き合う友達は選べるだろ」

 伊織「彼氏とか就職とかもそっか。うん、そうかも」

  僕「お前さ、高校出たら大学行くのか?」

 伊織「さあ、どうだろ」

  僕「俺と親父はずっとお前の味方だよ」

 伊織「そりゃ、ど~も」

  僕「話変わるけど、レベッカっていいよな」

 伊織「フレンズ?」

  僕「母さんが好きだったけど、ようやくわかった」

 伊織「おっそ、もう一周回って時代は圧倒的にパフィーだから」

  僕「お、おう......」

 伊織「レベッカは中二のオケ中に卒業したし」

  僕「そんなん知らんがな」

 伊織「どこで~壊れたの~とか言われても意味不だし」

  僕「お兄ちゃん頭痛くなってきたし、寝るね」

 伊織「こっからが重要なのに!むしろ本題なのに!乙女的に」

  僕「はあ、そうですね」

 伊織「まあ、今度語ったげるよ、遅いしね」

  僕「そうしてくれると助かる、洗い物しないとだし」

 伊織「答えのないものにどうにか答えを出すのが、人なんだと思うよ」

  僕「............」

 伊織「んじゃ、おやすみ(バタン)」

  僕「ど~こで~壊れたの~oh~フレンズ~♪(小声)」

プレイボーイプレイボール6

プレイボーイプレイボール6



 僕たちの会話文の中に限れば少なくともこの物語の中に嘘はない、おそらく。念を入れて、おおよそ、たぶん、メイビーなども付け加えておくとしよう。僕は僕の結末を確かめるために、降板せずにきちんとマウンドに立とうと思う。面倒くさいけれど、そんなことはしたくもないのだけれど。よわよわしく華奢な重力に手を引かれながら、柔らかい放物線を描きボールはミットの中におさまる。吹き出す汗を袖で拭い、僕はロジンを数回握った。冴えない後輩のサインはもちろん任せる、である。6回裏ツーアウト二死満塁という状況下、僕が貧弱なボキャブラリーの棚から選んで取り出し、投げる球はといえば。そんなものは決まっている。


閑話休題<プロムナード>


 眞一「人間関係に他人がそう割って入るものじゃないよ」

  僕「霊長類ヒト科って物凄く言いにくいよな」

 眞一「僕らみたいなのだってホモサピエンスだよ、一応ね」

  僕「懐メロを口ずさむ感覚で友達を誑かさないでくれ」

 眞一「失礼だな、僕はこれでも一途なんだよ?」

  僕「あいつにどうして拘る」

 眞一「人は見たいモノしか見ようとしないからね」

  僕「完熟を通り超して頭までお腐りになられたようで」

 眞一「人を呪わば穴二つじゃあないけれど、過干渉はよくないよ」

  僕「あいつには佑二ってやつがいる、それでいいんだよ」

 眞一「もしも彼女がそれを望んでいないとしたら?」

  僕「そんなことがあるはずがないだろうが」

 眞一「もうすぐ高校を卒業して、この町から出ていくよね」

  僕「あいつらもそうだよ、でも関係は続くだろうが」

 眞一「彼女は此処に残る」

  僕「あいつがそう言ったのか?」

 眞一「他人の空似だとか、ドッペルゲンガーだとか、運命だとか」

  僕「この置換しがたい感情をどう伝えればいいんだよ」

 眞一「彼女が本当に好きなのは君だったのさ」

  僕「は?んなわけねーだろ」

 眞一「どうして僕と君は同じ顔をしているんだと思う?」

  僕「んなもん知らねーよ」

 眞一「彼女がそう願ったからだよ」

  僕「だとしてもお前は俺じゃないだろうが」

 眞一「付喪神のあの子も君の母親にそっくりじゃないか」

  僕「うるさい」

 眞一「人はそうして折り合いをつけているんだよ」

  僕「うるさい、黙れ」

 眞一「僕をわざわざ呼び出したのは君だろう?」    

  僕「餃子の銀将の呼びだしボタンかよ」

 眞一「君たちは町から出ていく、僕らはこの町で静かに暮らす」

  僕「そんな注文はしていない」

 眞一「じゃあ君が彼女の気持ちに応えるべきだ」

  僕「俺はあいつらを裏切れない」

 眞一「なら口出しをしないことが賢明だね」

  僕「手は出していいってこと?」

 眞一「ほんとうに呆れるくらい臆病だよ、君は」

  僕「土足で人の心に入ってきてぬけぬけと」

 眞一「最近の若い人たちは門前払いが好きなようだね」

  僕「ひとつ賭けをしないか?」

 眞一「賭け?」


 サウスポーであるという事だけで、視方が変わる。たとえば駅の改札口だったり、ギターだったり、ハサミだったり、飲食店のカウンター席であったり。まるで右利きの鋳型に合わせるように、この世界は徹底して作られている。そこで僕らマイノリティは生き抜くために、右腕でもある程度の自由が利くようになるまで右腕で物を触る。この世界はあまりに理不尽で、あまりに不自由に作られている、その事を身をもって知っているからだ。僕はソフトコンタクトの軸を合わせるように、その重さを重ねた。


閑話休題<遊園地>


 伊織「なんで兄貴と遊園地にいるわけ?」

  僕「さあ、俺に聞かれても」

 詠美「こらこら、夏休みの思い出でしょ」

 伊織「わ!詠美さんの服かわいい!流行りのやつだ!」

 佑二「どうせなら水着回がよかったぜ」

  僕「めんどくせえなお前ら」

 伊織「佑二さん!誘ってくれてありがとうございます!」

 佑二「いや、グループ作ったのは詠美だ」

 詠美「最後の夏休みだもの、楽しまなきゃ損じゃない」

  僕「そだな」

 佑二「それにしても人多いな」

 伊織「今夏のホットスポットです!」

  僕「町ウォーカーに載ってたな、新しいアトラクションだとか」

 詠美「女の子は新しい物が好きだから」

 伊織「どうします?二手に分かれましょうか?」

 佑二「だな、絶対に迷子になる」

  僕「なら俺と伊織、佑二と詠美で周るか」

 詠美「そうね、そうしましょうか」

 伊織「友達に見られたら嫌なんで佑二さんで!」

  僕「ぶん殴りたいこの笑顔」

 佑二「はは、事情はわかった、詠美もそれでいいか?」

 詠美「かまわないわ」

  僕「そういう大人びた態度やめろよ」

 詠美「え?」

  僕「なんでもない」

 伊織「じゃあ佑二さんとペアで行ってきま~す!」

 佑二「行ってくる」

 詠美「楽しんできてね」

  僕「んで、よかったわけ?」

 詠美「なにが?」

  僕「あいつと写メとか撮って思い出作らねえと」

 詠美「そうね、でも仕方ないわよ」

  僕「ならいいけど」

 詠美「別に夏は毎年あるから」

  僕「もうちょっと我儘になってもいいと思うぞ」

 詠美「そうね、なら眞一と一緒に周りたいわ」

  僕「俺は眞一じゃねえけど」

 詠美「そうね、ときどきボヤけるわ」

  僕「めんどくせー生き物だよお前って」

 詠美「そうかもしれないわね」

  僕「俺さ、あいつと野球やるんだよ」

 詠美「追い出しでしょ?知ってる」

  僕「もし、俺が勝ったら」

 詠美「うん」

  僕「俺があいつになってやる」

 詠美「もし負けたら?」

  僕「なんてことねえよ」

 詠美「どういう意味?」

  僕「やつが俺になるだけさ」

プレイボーイプレイボール5

プレイボーイプレイボール5



 この僕のさながら青春手帖、雑談集とも呼ぶべきショートショートは、決して甲子園でノーノーをして恋人と結ばれたり、気になるあの子と性別が入れ替わったり、地底から悪魔大元帥が地球を侵略にやってはこない。そんな面倒くさいことなんて誰がやってやるものか、などと半ギレで漫画のセリフの吹き出しをまあ出しておくことにしよう。壊れたアクアリウムのような夜の中を、泳ぐ数匹の魚たち、そんな肩の凝る話は本棚にしまって、さあ僕たちのお話をしよう。下らないこころのキャッチボールを。


閑話休題<喫茶ノアール>


 佑二「で、本題って?」

  僕「こないだの件、引っかかってよ」

 佑二「ああ、そういやそうだな」

  僕「あ、お姉さん珈琲おかわりね」

 佑二「ほかに好きなやつができたんだ、って言ったらさ
    信じるか、おまえ」

  僕「......詠美に?おまえに?」

 佑二「言いたくねえけど、詠美に」

  僕「あいつが?そんなそぶりなかったけどな」

 佑二「誰かとよ、会ってるみたいなんだよ」

  僕「浮気とかするようなやつじゃないだろ、あいつ」

 佑二「これだから童貞は......」

  僕「どどどど、童貞ちゃうわい!(童貞だけど)」

 佑二「わかんだよ、なんか心ここにあらずみたいな」

  僕「イケメン、高身長、野球部のエース、人当たり良し
    そんで幼馴染、浮気する理由がわからん」

 佑二「眞一ってやつ、知ってるか?」

  僕「知らん、知らん(知らんことにしよう)」

 佑二「こないだデート中に俺のこと眞一って言ったんだ」

  僕「ほう、おまえ眞一って名前だったか?」

 佑二「馬鹿言え、佑二だ。そっから気になって調べたらよ
    誰かと会ってるみてえなんだ」

  僕「つけたの?スマホでも見たか?意外と女々しいな」

 佑二「うっせ、ほっとけ。でよ、問い詰めたんだ」

  僕「ほう」

 佑二「記憶でもすっぽ抜けたみたいな顔しやがったよ」

  僕「ワイルドピッチだろ、暴投だぜそれ」

 佑二「うっせえな、でさ、あいつ知らないって言うんだよ
    そんなのが、最近ずっとでよ」

  僕「ま、気にはなるよな」

 佑二「何回も眞一って呼ばれたら、流石に気が狂っちまう」

  僕「あいつ、もう痴呆入ったのか」

 佑二「茶化すなよ、そういうわけで別れたいんだ」

  僕「それとなく探り入れてやっから焦んな」

 佑二「無駄だぜ、あいつ知らないって言うだけだし」

  僕「ダチだろ、たまにはまかせてみ?」

 佑二「......頼む」

  僕「おう、だからあんま気にすんな」

 佑二「そういや試合、やるんだって?うちと」

  僕「しょんべんカーブだけは一級品だから覚悟しやがれ」

 佑二「高校でも野球やりたかったよ、お前と」

  僕「朝からトンボと、単語帳めくる違いでしかねえよ」

 佑二「勉強、頑張れよ」



 この界隈に知的好奇心が若しあるのであらば、本能的好奇心もまた同様にあるのであろう。僕は刺さるような陽射しと群がる虫を前にして、それらが何事もなく通過していく事を、ただただ祈っていた。まるで鈍行列車のように、なかなか明けない夜のように。イヤホンを通り抜け、脳髄へと伝わり、規則正しいパルスに変換され、一定の波長に変わる。空波形ノイズの予兆。僕はイヤホンを片手で左から順に外した。


閑話休題<停留所>


  僕「素敵な麦わら帽子ですね、バス待ちですか?」

 女性「あら、ご親切に。そう、隣町まで」

  僕「田舎ですからね、停留所で座って待ったほうが」

 女性「主人と旅行に来たの。やっぱりわかる?」

  僕「ええ、身なりで大体」

 女性「お時間があるなら、少しお話しませんか?」

  僕「いいですよ、自転車を止めてきます」

 九塁「(あれは一癖あるやつじゃ、未亡人系の)」

  僕「(わかってる、てかいたのかよ)」

 九塁「(ならいい、やつの顔は?)」

  僕「(黒いノイズがかかって見えない)」

 九塁「(儂からは触れんし、なにもできんからの)」

  僕「(小学生の時からなにも期待してねーよ)」

 女性「あら?そちらはお兄さんのお友達さんかしら?」

  僕「いえ、ただの知り合いの子供ですよ」

 九塁「オホホ、ワタシ、ニホンゴワカリマセーン」

  僕「瓶ラムネやるから、大人しくしてろ」

 九塁「さすがはお兄様です」

  僕「だからそれイカン系のやつだからな?
    微妙に使い方も違うし」

 女性「仲がよいのね、兄妹みたい」

  僕「お姉さん、妹はひとりで間に合ってます」

 女性「十和子でいいわよ、一期一会って大切よね」

  僕「旅は道連れ、世は情けっていいますしね」

十和子「この町って海岸があって、穏やかで、素敵ね」

  僕「それだけしか取り柄がありませんから」

十和子「それだけでよいのに、人間ってつい欲張るから」

  僕「退屈ですからね、都会には憧れますよ」

十和子「私はすっかり飽きてしまったわ」

  僕「都会の大学に行って、勉強して、就職して」

十和子「結婚して、家を買って、子供を育てるの」

  僕「それがまあ、普通ですよ」

十和子「わたしたちは普通なのかしらね」

十和子「厳密に言うと、わたしとあなたとそこの女の子は」

  僕「さあ、どうでしょう。エンドゲームは先ですし」

十和子「人生の終着駅」

  僕「ええ、あなたがこれから行く場所です」

十和子「なんだ、気づいていたのね」

  僕「来ましたよ、バス」

十和子「名残惜しいわ、でも行かなければね」

  僕「その先は見えません、俺には」

十和子「そうね、ボヤけるわ」

  僕「ボヤけますよ、いつかはみんな」

十和子「ありがとう、優しいのね」

  僕「素敵な笑顔ですね、よい旅路を」

十和子「ええ、きっと主人もいるはずだから」

  僕「十和子さん、さようなら」

十和子「ええ、さようなら。またいつか」