手記

手記




これからお話しする内容に
どうか傷つかないでください
これからおこる数々の出来事が
夢の牢獄の中のおとぎ話で
Welterustenのママの一言で
すべて消え去ってしまうことを願います
あの荘園の葡萄畑に貴女が
金色の太陽の下で笑っていることを


真実とは殊に奇妙な形をした
いびつな果物のようなもので
摘み取る人間の思いや思惑により
変幻自在に形も味も匂いも変えます
葡萄酒を思い描いてください
あのブルゴーニュでとれた
あのいまわしい戦火のあった時分に
とれた格別に美しい作品の事を
ひとたび抽出してしまうことにより
たくさんの善意も悪意も薄められ
世界中に無節操にばらまかれます
しかし私は真実の果実を知る者です
もうその多くは(この手紙をも含めて)
無為になり果てたことでしょうが
まさに忸怩たる思いでございます


お嬢様、私は人を殺めました
ゆえに荘園から去らねばならなかったのです
去る夏至の事、私は人の中に
デアーボをこの眼で見てしまいました
今頃、貴女はその美しい髪を結い
おびえた瞳で私を侮蔑しているでしょうか
このような凶事を吐露すべきではなかったのやもしれません
しかし、私はこの手紙を貴女に書かなければと
どす黒い使命感から書いております
貴女がこの手紙を読まれている頃には
おそらくもう私はこの世界に塵一つ
存在してはいないことでしょう
先にお話しをした件にもどります


殺人と云う物は決して赦されるべきものでは
ないときっと聖人は説くことでしょう
しかし、この世には存在を赦してはいけない
まことに悪魔としか形容することができない
そういった類の者が存在するのです
なれば神はどうして悪の種を世界中に
ばら撒かれるのでしょうか、私にはわかりません
なにも自己弁護をしようなどというのではありません
私には全くもって知覚することのできない
物自体の世界にも様々な事情があるのでしょう


下手人は私ではありませんが
最も”関与した”という点において
人を殺めた事に相違はありません
事細かに内容を綴る気はありませんが
私がとても深く傷つき、人を殺めてしまった事を
お嬢様に知っていてほしかったのです


未だに亜鉛の幻想とは甘美で美しく
我が手に有ることを信じながら、獄中にて


Welterusten…