浅春

浅春 夕べの肴はたしか 鯛の塩焼きであったと思ふ 総天然色の汁物に春菊が付いていた 蛸と胡瓜の酢漬けに舌鼓をうち なんと明朗な喩えであろうなどと ただ云々と感服していたのを覚えている 私的器官に垂直な物言いのけだるい 板の間稼ぎのやうなことをなさ…

プレイボーイプレイボール終回

プレイボールプレイボーイ終回 切なくなるほど意固地になるのが、青年の正しい青春である。小さな町の真冬の海に打ち上げられたガラクタを僕は脚で遠くへ蹴った。着慣れたパーカーの帽子の部分の顔半分だけ、君のことを考える。白い溜息がビーズ状に連なって…

プレイボーイプレイボール8

プレイボーイプレイボール8 ファースト側のプレートを踏むと、そこは雪国であった。この稚拙なショートショートにもそろそろ結末やらオチが欲しい場面である。寒風吹き荒れる十二月の市民球場、話は飛んで、九回裏ツーアウト、走者満塁、相手は4番、並行カウ…

プレイボーイプレイボール7

プレイボールプレイボーイ7 7回にも入ってくると季節は当然のように秋を迎える。地方に住む普通の男子高校生なら気の利いたポエムの一つでも書いて、自分の青春を締めくくり、銀紙のような白い息と共に、青春を卒業するところだろう。それは小さな公園にあ…

プレイボーイプレイボール6.5

プレイボーイプレイボール6.5 僕は僕たちという括りがなんとも茫洋としていて苦手だ。もっと正しく言えば、僕はそれらをガソリンにして走る車に乗っていないから。慎ましく生きて、人の顔色を適度に伺って、それなりの努力をして、ようやく確からしいなにか…

プレイボーイプレイボール6

プレイボーイプレイボール6 僕たちの会話文の中に限れば少なくともこの物語の中に嘘はない、おそらく。念を入れて、おおよそ、たぶん、メイビーなども付け加えておくとしよう。僕は僕の結末を確かめるために、降板せずにきちんとマウンドに立とうと思う。面…

プレイボーイプレイボール5

プレイボーイプレイボール5 この僕のさながら青春手帖、雑談集とも呼ぶべきショートショートは、決して甲子園でノーノーをして恋人と結ばれたり、気になるあの子と性別が入れ替わったり、地底から悪魔大元帥が地球を侵略にやってはこない。そんな面倒くさい…

プレイボーイプレイボール4

プレイボーイプレイボール4 洗剤の味を連想するのは、逆立ちした女子高生のパンツの模様が縦縞か横縞か柄物か、はたまた女性のブラジャーのホックをどうやって開けるのか、前か、後ろか、片手でか、両手でか、を考えるのに少し似ていると思う。空にある大人…

プレイボーイプレイボール3

プレイボーイプレイボール3 小高い丘の上から、夕暮れのこの町を見るのが僕は好きだ。まるでプロットのない小説のように、あちこちに人や車や電車が行き来して、勝手に生きて、勝手に一生を終えていく。一見、野放図に見えるけれど、軸がしっかりとあって、…

プレイボーイプレイボール2

プレイボーイプレイボール2 僕はあの時、夜のピアノの音色を何色だと思ったのだろう。トーンにもたぶん色があって、大体が水色だったり、気分がいい時は橙色になったりする。よれたYシャツの皴を伸ばすように、僕は小さい背を伸ばした。何もない部屋に貼って…

プレイボーイプレイボール1

プレイボーイプレイボール1 僕は自転車のペダルを漕ぎながら、七月の入道雲を見上げた。緩いカーブを描きながら爽やかな風が、シャツにべたりと張り付いた汗を乾かしてくれる。一昨日十八歳になったらしい、この僕の家庭は早くから理由あって、父と妹と僕の…

彫琢未遂

彫琢未遂 偏に彫刻と云いましても 半紙の前に数多ある信号機ほど あるいはてにをはの縁日ですから、 理性的な隣人を持つています。 ひとつ、家政系の女学生のやうに、 ミシンでがたがたと縫い合わせるか ふたつ、美大生の辣韭のやうに、 半貴石のファンデー…

理にかなう演題について

理にかなう演題について 垂直にフレームにはいりこむ その手縫いの角度は悠揚であるから 疼痛をモノ消しでごしりとやり また頭のなかの魚に聴診器を当て どかり肘掛椅子でお医者はまだかね いかにも公電のやうにやるから お客は断乎としてそれらを認めない …

ピルエット

ピルエット 吹けば珍奇なメルヘンで ひとは青い果実などと呼ぶけれど 駆足前進でと師も仰るように 下垂した葡萄のチカチカであるから かんかん照りにはいっそう酷く あらすじは少女病のように 腫れ上がった脚の高く蹴り上がる

杓子電報

杓子電報 ふくわらいに興ずるわらべの如く 皐月はまあるい助走をつけて たとえば赤いお母衣や句点のよう はいぎょうなされたのですか 暦かぎかっことじる一名欠損也 前進する歩は桂にはならぬが道理ゆえ かえるのこころもちなどもとより わななく電飾イナヅ…

ダダリオ

ダダリオ 瓶ラムネをポキンとやつて立ち 長袖ラーフルでごしりと目をやる 人にひとしく寂しいものなのだから 春先にはてにをはつけてヒヤシンス 余人は四季報に勘定方であるから 丁字路にテンキーで敷かれた鉄線は とりちがえた赤子のやうにちぐはぐ故 木偶…

ビニール栽培

ビニール栽培 むかうの空にねそべり爪を噛み 漂白されたベタベタの日光と 雑音ラジオに棒を伸ばし局あわせ 五枚羽の扇風機と付箋のあの丁字路 いつでも横目にまるばつしかくなのだ 子どもの背丈ほどの穂を摘んでみて これはたしかしからんと耳を澄ませる あ…

滑車

滑車 ペダルをやればもうすでに 右足は蹴り込む映写であつたから ふわり髪を梳いてはコマ送りの あれはラベンダーでこれは水車と 飼料にむらがるセルもあらば 吹き硝子に映る像はでこぼこで こんな畔にも背丈はあるから 顔の無い七三ポスターの政治家の よく…

表記ゆれ

表記ゆれ ひんやりとした縦書きの ショパンの九画が厭に騒ぐから またぞろ野良の仕業にして 遠吠えなんぞをしているのだ

自動センセイ

自動センセイ 月に釘を打つ大工のやうに いつだつて木曜日は換気扇だから あるいは無人のランドリー 活動写真のやうにこまぎれで 四部の瑠璃に六部の黒曜なんて あまりに陰惨ではないか とてちとブレては箒ではかれ あばらの浮いたその方角を この笹に包んで…

ふりかけ

ふりかけ 日の滑車に掌かざし おうとつ轆轤とひび割れて 永谷園のやうな具合で 三色刷りの有り様なのです

無題

無題 もうぼんぼりのやうな蛍が 町々の夜空を照らす一等星ですから 或いはそれらの下位に準ずる われわれはいつだつて平行存在で たといば遠藤醤油の味の濃いや薄い 一握りの米という具合なのです グリツド状の田園にある鴉除けは わたくしにほかならないの…

六月情景

六月情景 五ソルの馬車はいつだつて がらがらと廻り回送であるから 濡れたあじさいの匂いたつ この油彩でパステルの三十号 水だまりのやうな暦ばかり レマ止あまりにも乾きすぎだ 行き先のしれない加工石を いつもの蛙に高値で売り付けては 全く回送といふ御…

紐解けば

紐解けば [製] 空間改行 エキゾチークに [洗] わたしのは布クロス 礼には梔子がよく似合う [泡] まるで固形石鹸のやう 檸檬のフレーバー [ゐ] であればマニュアルの こころの詰め方で [温] 日は照って朝露の 半歩日輪の陰を踏む [訪] これらはアラビア風で …

浮遊崛起

浮遊崛起(擦り寄り) おれは立つ 廃院にも日は照つて 目の眩むあおぞら一枚 おまえもまた胎児なのだらうさ ひどく悲しい繊維で編んだ なみうち際のポラロイド せいはりの汀はあてどもなく いつか聴いたコンポウザア あしについた砂の写真の それらをなつかし…

心象公演

心象公演 この目に映ることごとくを もしも鋏でパチンとやれたなら (ヒューズの飛んでいい塩梅) アルカリ切れた水晶体には 杜撰にキックで反吐に唾吐き (また円形テンプテーション) あすなろの荒野に立っては 襟も立て着色のサファイア風 (シールのように剥…

奇想曲

奇想曲 おりにふれては一輪の これは金蘭であれはといえば ひらで摘んでは遠ざかる この超越論的塩基配列の一軍を たといばショパンなれば どのやうに譜に打つであらうか 一体どうしておれを呼ぶ 謫居の身に分不相応の煌めきは あまりにもハートに画鋲で よ…

狂想アマデウス

狂想アマデウス あるけば棒とあせかいて 空虚な五線譜のランドリイ 月台のレールにひん曲がつた 百円玉もがりがり入れて こんな月夜なら電線も十字切り にへりと切れかけのやつを おれはそれをはつきりと見た まばたきとそれら一連の明滅を デジヤブと三部形…

病室チアノーゼ

病室チアノーゼ どうしておれはこうなのだ 脾肉に白髪を嘆くこともなく 在るがままに長らえて 通りを行き交うルサンチマンを じいと眺めては青ざめる 先ほどからやけに吐き気の酷い 化粧師は白粉ポンポンとやり つんとした辻褄にやつきである こうして廃院に…

情感アイロニー

情感アイロニー ほらご覧なさい職員室も ギヤマンにピエゾなのですから あらゆる体系の中の延長を それらのポラポラとした 灯かりに暗くまた利に疎い わたくしなどにはわかりませんが 夏の稲穂の背丈くらいには 幾度もビーズの風雨に洗われて 無作為に投げ出…