旅館

旅館



旅館は座布団であつた
庭の鯉は屏風であつた

ふすまはしろい仲居であつた
しろい目むいた仲居であつた

畳の鏡は故郷であつた
窓からふいた風つかむ

硫黄のにおいは足袋であつた
風はあしを運ぶ駕籠であつた

からから
からから

下駄はお宿のお医者であつた
しろい目むいた下駄であつた

縁日におよぐ鯉患い
いかれた社の恋患い

からから
からから

下膨れした夜であつた
浴衣は汚れた淫だつた

旅館はお布団であつた
寂しい亜鉛の目だつた

ちんちろりん
ちんちろりん

ビー玉に雪洞すかしては
女将はお袖を濡らしてた

ちんちろりん
ちんちろりん

一夜の幻灯はあおい染み
バンカラはじつと焦がれ
畳の鏡をじつとみていた

凪いだ灰は処女さがし
あてどもなくさまよう

からから
からから

気がつけば夜は明けて
畳に染みを残していた

染みは旅をつづけては
仮面の旅をつづけては

あてどもなくさまよう
こんな夜がありました