俯瞰喪心

俯瞰喪心



早春の晩、こふこふこんで
たまらんと水道管の蛇口を捻り
グラス一杯の釈文を飲む
蘭方医よりも覿面にカルキで
俺はようやく消毒された
双子の風はどうしてそんなに
素面でいられる物なのか
けつこうで御座いますなどと
おれにそつと囁いては
アラベスク模様ひらひらと
このようなカラクリなのです
お前は軽粉もつけず往来を
そういう風体で闊歩する事に
僅か四百円の金も払わず
そんな罪が赦されてなるものか
シーツの拷問は物干竿に
ぷらぷらとかかつているだけ
シャボンのこころは脂綿で
口なしには経も唱えられません
切れかけの蛍光と林檎は
大學病院の額縁の中にいつも
よくよくてらてら五月蠅い
フォグの照らした白線は
ひだりにみぎでしょうめんです
これらもまた英吉利製に相違ない
べたべたの月夜とお前は
よそ様が一体どう言おうとも
おれだけは綺麗だと、
あゝ、おれだけは綺麗だと、
どうしてこうぎちぎち風は吹く
かさかさもおいおい全快に
砂糖水もきつと溶かしてやる
あたりの暗くて白衣のぽうぽう
鎮痛剤と喪心剤の赤と白も
いつかきつと桃色に変わります
おれがそうお前に言つたのだから、
そうなるのが道理なのです


平成二十九年
三月某日